【書評】来るべき民主主義 小平市都道328号線と近代政治哲学の諸問題/國分功一郎
<この本を選んだきっかけ、理由>
選挙や年金問題など、自分の身の回りで「政治」に触れる際、何もしなければ社会のシステムのほとんどは当然そのまま流れていく。顕在化するとしたら、それは自分が当事者になった時、もしくはそうなる可能性が非常に高いと自分が理解している時だろう。
それくらい現代はあらゆる場面で分業を敷いていて、かつ上記の場合以外に無意識に「政治」を考えられる機会は残念ながら少ないと言わざるを得ない。主権者教育などキーワードでは出てきているものの、その普及率はいかほどなのであろうか(そしてどんな状態をゴールと見なしているのだろうか)
そして今回この本を選んだのは、この本が「政治」をもっともライトに体験、追思考できる本だと僕が考えるからである。
この本を読み、考えることで読者の皆さんにはきっと「政治」がもっと身近になる。もっと「刺さる」話題になる。そう思い、選ばせていただいた。
「政治」や「民主主義」が
イデオロギーの話ではなく、日常の生活の一片として。
難しい話ではなく、今そこにある問題として。
政治家や学者だけが関わるものではなく、自分自身や家族、ご近所さんが関われるものとして受け止めていただけたら幸いである。
※ちなみに本書は新書である。専門書の類ではないし、むしろ実際に起きた話をベースに思索を膨らませているので、想像しやすい話のはずだ。恐れずに読んでみて欲しい。
<國分功一郎とは>
1974年、千葉県生まれ。哲学者。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。現在、高崎経済大学経済学部准教授。専門は哲学。現在の研究テーマは17世紀哲学、現代フランスの哲学。主に前者はスピノザ、後者はジル・ドゥルーズの哲学を指す。また同時に”暇と退屈の倫理学”というテーマで現代社会研究も行う。著書、翻訳書共に多数。
主な著書は、『暇と退屈の倫理学』、『統治新論 -民主主義のマネジメント』、『近代政治哲学 -自然・主権・行政-』、『中動態の世界 -意志と責任の考古学』など。
<テーマについて>
突然だが、大辞泉によると、政治とは、
1 主権者が、領土・人民を治めること。まつりごと。
2 ある社会の対立や利害を調整して社会全体を統合するとともに、社会の意思決定を行い、これを実現する作用。
のことを指す。どちらかといえばこの本は後者を取り扱う。
この本のテーマは、一口に言えば「なぜ政治と生活はうまく繋がらないのか」ということだと思う。後ほど詳しく触れるが、この本のメインのトピックは東京都小平市という街の都道建設に関してである。街に道路を新しく一本作るか作らないか、それが主題であり、この本を大きく貫いている。
日本の政治は三権分立と言われる。
ご存知の通り、立法がルールを作り、行政がその通りに実行し、司法が善し悪しを判断するシステムである。このうち立法と司法(一部)に対して、国民は投票を通じて意思表示をする。ただし、行政に対して直接的に影響を与える方法は今のところほとんどない。強いて言えば住民投票をもって首長に意見表明するくらいしかないだろう。残念ながらそれが事実だ。行政が何をしても、実行/完了してしまったことに対して迅速に市民側が働きかけるのは難しい。
この本の始まりは著者である國分が偶然、緑があふれる街の東京都小平市に住むことに始まる。豊かで穏やかに流れる時間だったが、彼はある日、市民や学生の憩いの場となっている森林を真っ直ぐに突っ切る都道の新しい建築計画を耳にする。住民が多く反対していることもあり、筆者は安心するのだが、実際説明会に行くとその実情は「建設を予定通りする」という内容だった。民主主義であるのに拘らず、行政が決定したことには少しも関与できない、その構造に彼は驚く。
そこからこの物語は始まる。最終的に住民の意思を反映するために住民側は最終手段である住民投票を仕掛けるのだが、そこには驚きの結末が。。。
と、ここまで読んでいただいた皆さんなら、自分の周りの似たようなことが思い浮かぶのではないだろうか?
例えば知らず知らずのうちに家の近くの川にライトが設置されていたり、図書館が新しくなっていたり。その多くは行政が関わっているものであり、市民の生活が向上するものであろう。それはそれで良い。
しかし市民の生活が確実に変わってしまう場合はどうなのだろう。 立ち退きを必要としないからと言って道を勝手に作っていいのか?新しく橋を突然作っても本当に問題ないのか?そこにはどこか違和感が漂う。
だが同時にこれは完全に合法なのだ。そこには官僚などの行政機関も関わっている。
この事実からは、「ルール自体にどこか歪みを抱えている」ということが導き出される。これが本書でいう民主主義の構造的欠陥である。
民主主義は最悪の政体だ。これまで試みてきたあらゆる政治体制を除けば。
と述べたというのは余りにも有名な話だ。
諸論あるものの、民主主義も決して万能ではないとチャーチルは訴えたかったのではないかと邪推する。
その民主主義の欠陥に対して、ひたむきに対峙する物語、それが本書である。
<構成>
はじめに
第二章 住民参加の可能性と課題
第三章 主権と立法権の問題 -小平市都道328号線問題から近代哲学へ
第四章 民主主義と制度 -いくつかの提案
第五章 来るべき民主主義 -ジャック・デリダの言葉
大きく分けるとすると、前半が小平市の状況、後半がその背後にある構造について触れている。
”はじめに”の冒頭に國分はこの本の目的を、現在の民主主義を見直し、これからの新しい民主主義について考えることと置いている。
そこから現在の民主主義、いわゆる議会制民主主義の単純な欠陥に触れる。民主主義で重要になるのは主権である。主権者たる私たちが行っているのは理解に代議士を送り込むこと、すなわち選挙を介して数年越しに議会に関わる事が民主主義である。
國分はなぜ主権者が立法権にしか関われない政治制度が民主主義と言われるのか問題提起をする。そしてその後、民主主義の理論に立法府こそが統治に関わる全てを決定する最終的な決定機関であるという前提があるからだと述べる。
これに対し、一般的に政治に対する批判は「議会に民意が正確に反映されていない」などといった形でなされる。この批判も、前提として主権は立法権だけである、と定義している時点で上記の民主主義の理論に同意していることがわかる。
そして前述のようにこの前提にこそ民主主義の欠陥が隠れていることを國分は書き記す。
そしてその後、彼は哲学に携わる者としての責任に触れる。
曰く、民主主義について考えるとき私たちは民衆が立法権にどう関わっているかという点を考えてしまう。つまりそれは議会と民衆の関係はどうなのかということである。しかし今日の構造的な欠陥を考える時、その前提は疑わなければならない。主権が立法権であると定義をなされた背景を知らねばならないのだ。
それは当時の政治哲学によってなされたのだ。これが彼が感じる責任である。
第一章ではストーリーが語られる。
ここでは國分が小平市に住み始めたことからスタートする。自然が豊かで時間がのんびり流れる環境に満足していたが、彼はある日街の憩いの場でもある雑木林に都道を作る計画を耳にする。半信半疑ながら説明会に出てみると、同じことに対する質問は禁じるなど、とても一般の説明会とは言えないものだった。東京都の説明の中には都道を建設しなければならない特段の理由はなく、業務的であると彼は感じた。そしてこの問題に限らず、行政は住民の反応に対して腰が重いのだ。
業を煮やした住民たちは遂に住民投票の開始を訴え住民投票条例を提出、可決された。しかしその直後、ある修正案が可決され驚きの結果が待ち受けている。
第二章では、住民運動について具体的な考察がなされる。
彼は現状の住民問題の問題点を次のようにあげる。それは住民運動側も賛成か反対かの決断を強く迫るものだということだ。例えば選択肢として、「新しい計画に賛成か、反対か」ではなく「新計画によって現状を見直すか、見直す必要がないか」と置くことで、反対したいからこの活動をするのではないと訴えかけることができる。
また、自分たちの目的が何なのかによって、何をするべきかも違ってくる。その時々によって適切な方法をしなければ無用な反感を買ってしまう。今回の行政の急な反発はその意識が奥底にあったからではないかと國分は分析する。
同時に”住民運動をしていない住民”に対しても運動は批判を招くと論じられる。確かに過激な行動や極端な思想は反発を招きやすい。糾弾ではなく提案こそ新しい政治活動の形なのかもしれない。
また國分は新しい活動の形として、政治家やマスコミともうまく付き合う形を提唱する。利害関係ではなく、お互いの心からの信頼関係が必要であり、一度の結果に失望して歩みを止めることのないようにしなければならない。
何度も何度も運動に挑戦を強いるのもどうかと思うが、少なくとも人の価値観を否定してしまっている運動が広がることはないだろう。よりポジティブな感情で行動することが求められる。
第三章では、なぜ今回のようなプロセスが認められるのかを理論的にも探求する。
この本では政治の本質を探求するため、何人かの哲学者を引き合いに出す。一人目は、哲学者、カール・シュミットだ。シュミットによればあらゆる問題を突き詰めると、それは区別に繋がる。道徳とは何が善か悪かを区別し、経済は得か損かであると。
そうすると政治とは一体何なのだろう。シュミットによればそれは友か敵かである。
また関連して、ハンナ・アレントの著書『人間の条件』を用いる。『人間の条件』では人は多様であると論じ、それが政治を生み出していると述べる。
多様性は多くのゴールを生み出すことになるが、政治で成すことができるのはたった1つである。だからこそ政治は友と敵を生み出すことになるのだ。自己矛盾を孕んでいるがゆえに自分と違う考えを持つ別の人を傷つけざるを得ないというわけである。
そして議論は「主権」の考察に移る。主権という言葉を近代的な意味で初めて用いたのはフランスの法学者ジャン・ボダンである。彼は著作の中で主権を「国家の絶対的かつ永続的権力」と定義したのだ。そして同時に主権は「公開性の高いルールを用いて統治をする思想」に基づいて語られた。
ここから政治には「公開性」が強く求められ、かつルールを作る力こそ最も重要であるという考え方が生まれたのだ。本論ではホッブズ・ルソーの有名な考え、そこから浮かび上がる議会制民主主義が持つ問題点に触れる。
- 代表を選んだとしても、住民の意思が直接反映されるわけではない。
- 様々な人がいる中で議論を適切に導くことはできない。結局多数派の意思意向を反映するのみであること。
ただこの問題では議会の存在は一切ノータッチであった。しかし実際の判断は議会では行われていない。立法機関を選んでいるのにもかかわらず民主主義は実現していない。
とするとそもそも立法権によって社会を統治することが可能かどうかを問う必要があると國分は述べる。
第四章では論理をさらに展開させる。
フランスの哲学者ジル・ドゥルーズの「制度論」を参照しながら、法と制度について述べられる。制度の後に法が来るのか、前に法が来るのか、国家の場合はどうなのか。
ドゥルーズによると民主主義とは多様な制度を持つ政体である。多元的な制度こそが民主主義なのであれば、議会にばかり手を付けるのではなく他の制度を創るということを國分は書く。(ドゥルーズをベースにした、法と制度の議論は本当に秀逸である)
議会や官庁が行政に関わって複雑にしているのであれば、住民の関わり方も多様にすればいいということだ。
そこから現在の住民制度への提案も含めた複数の提案が行われる。
そして第五章。前述のジャック・デリダの言葉「来るべき民主主義」を引用する。
ここで話題にされるのは、民主主義などという概念的で分かりづらく、面倒この上ないものをどう捉えるべきなのかということだ。
デリダはある著作の中で、「来るべき民主主義」という言葉を使う。これは民主主義は常にもうすぐ来るというポジションに置かれるべきであるということと、それほど実現が難しくても民主主義を諦めてはいけないということの両方を意味している。
とかく難しいものに蓋をして、簡単で直感的なものが流行する今だからこそ。何かよく分からないけれど重要なものに目を向けるべきではないだろうか。
<終わりに>
難しい・・・。
書いてみて思った。
1つの記事で書き切れる思考量ではないし、この本のことを記事だけを読んで理解できるものでもないのだろう。おかげでものすごい長文になってしまった。
2つお伝えしたい。
1つ目は、政治の話をする時に人を否定しないでほしいということ。
僕は人と政治の話をする時にとても慎重になる。なぜなら大体の場合、そこにはイデオロギーが入る(=簡単に人の価値観の否定につながる)からだ。
「なんで○○党を選ぶのか理解できない、バカじゃないのかな」
こんなセリフを何度聞いたことか。本当に社会を良くしたいと思っているか甚だ疑問である。実際のところ、どちらの選択をしてもちょっとしか良くならない、その上でどれを選択するかという思考と行動こそが政治だと思うし、どんな考えであれ、何人もそれをバカにすることなどあってはいけないと思う。
2つ目はもっとシンプルに政治を考えられると良いなということ
日本の社会システムは極めて複雑だ。国政と地方行政、官庁と政府、衆議院と参議院、ほとんどの場合その区別をはっきりつけなくても人は生きてゆける。
ただ小平市のケースのように自分の身の回りにも実は関係がある。年金の支給額が減るのかどうかといった直接的な話から、来年の補正予算は〜など見えづらい話まで政治は生活そのものだと思う。だからこそ自分の身の回りでは何があるんだろうと目を凝らして見てほしい。政治が関わらない場は法治国家・日本ではないはずなので。
この本を初めて読んだきっかけは忘れてしまったが、夢中で大学生の時に読みふけったことを覚えている。本当に平易で面白い本だ。
政治って詳しく知るためにどうしたら良いですか?という問いや面白い本知りませんか?の問いには必ずこの本をオススメしている。
刺激的な読書体験をしてほしいと思う。
※この文章を読んでも1割も理解できないと思うので、借りる/買うなどして読んでほしいと思う。
来るべき民主主義 小平市都道328号線と近代政治哲学の諸問題 (幻冬舎新書)
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